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?さん ありがとうございました。 今朝、この理解に基づいてドライバーと話したら大変うまくいきました! 非常にすっきりした感じです。

「それじゃこうしましょう!」さんのおかげで、もう一つの疑問を思い出しました。日本語の歌の場合、ラップなどのようにわざと崩す場合を除くと、日本語の抑揚とメロディーの上がり下がりが一致するのがよい作曲と言われますね。「山田耕筰先生が作曲された童謡あかとんぼは、「あか」が平声なのにメロディーが下がり調子になっていて、先生の日頃の主張と一致しないと思っていた。しかし作詞者である三木露風の出身地の関西に行ってみたら「あかとんぼ」の「あか」は下りの抑揚であった。改めて先生の言行一致に感服した次第。」と誰か(団伊久磨だったかな)書いていました。

ベトナムにおいては、声調とメロディー・ラインを一致させるという作曲法をとらないのでしょうか。とらないとすると、声調が変わると意味が変わる単語が多いと言われるベトナムにおいて、聞き手に歌詞の意味がわからなくなるという弊害が発生することはないのでしょうか?

(昔何かの歌謡曲で「100%片思い」という歌詞があり、「片思い」とメロディー・ラインが一致しないので、どうしても「100%がタモリ」と聞こえてしまい、「ゲッ」と思ったことがあります。母国語「空耳アワー」ですね)