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ホーおじさんって

1: ベトベト 2006年07月22日 03:29 報告
「バック・ホー」と、「ホーおじさん」って言うのとニュアンスが異なるのでしょうか。

日本語でホーおじさんって言ったら、親しみは感じるけど尊敬の念が薄いように思います。

日常会話ならまだしも、博物館にまでバックホーって書いてあって驚きました。

仮に日本で昭和天皇の記念館を作ったとして、「ヒロじい博物館」とは付けないだろう。

ベトナム語で「バック」はどんな意味合いなのですか。

みんなのコメント 32

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どうしてですか?
何か深い意味があるのですか。
ホーおじさんのお父さんのお墓が南部のカオラン?にあるのは、どうしてだね?
今思い出したので付けたし。

サイゴンの博物館でホーチミンの銅像をさすってから、その手で孫の頭をすりすりしているおばあさんがいました。ほほえましかったけど、なんか違うなあって。

カントーでは銅像が祭壇みたいに花で飾られていて、館員に「お祈りしますか」って聞かれたけど「彼は人間だから」といって断りました(悪いことしたかな)。

尊敬されるのは当然だけど、神格化の動きが出てきたら、要警戒ですね。
(北と南に二人奥さんが、っていう人もいるし>レ・ズアンとか)

俺はレズアンには批判的だけど、これってこの当時の人には結構普通な事だったんだよ。
俺の知り合いでもお爺さんが奥さん6人いたらしくて『今日親戚の集まりですから、一緒にご飯食べませんか?』なんて言われたから付いて行ったら、ホール貸し切りで飯食ってんだも。(笑
これは金持ちだけど、ウチの近所の裕福ではない人のおお爺さんは1年ごとに別の奥さんの孫の所訪問したりしてるよ。戦乱の期間が長かったし子孫を残さないというのはベトナム人にとって恐怖観念の所があるから。日本人は無いけどね。

だから、欧米人とか養子をコロコロ貰うよね。日本人以上に血統に関して無関心でそれを補っているのは宗教なんだろうねって思う。あのダイナミックな姿勢は日本人には無いね。
『ホーチミンには愛人がいて、しかも子供まで作っていた って話を
聞いたことがありますれす。
英雄伝説には必ず後からその類の噂が出てくるのれしょうが
その辺りのことをキシさんにおききするのは失礼にあたるかな〜』

別に失礼じゃないよ。生活倶楽部ではこのような話題は以前普通に議論されていた。
ホーチミンは彼の経歴上フランス共産党そしてコミンテルンに参加したんだけど、その時の面接でレホンフォンと言う女性は『私はグエンアイクオックの妻です』と証言している記録がある。

また、ホーチミンが香港で国民党に捕まった時にイギリスの記録に無い弁護士が釈放してくれたとか自伝にあるからグエンアイクオックとホーチミンは別人ではないか?って話があるんだよね。グエンアイクオック時代のフランスでホーチミンに出会ったのはフランス文学者小松清。彼はフランス時代のグエンアイクオックの生活状況を知っている唯一の日本人。その後、ベトナムに会いに行ったときにあれだけ流暢だったフランス語を話さなかったらしい。これは別人説の日本側の疑惑になっている。

考えてみればソ連が影響を及ぼした国の元首ってインチキ話多いんだよな。金日成なんていい例でしょ。対日本に長年ゲリラ闘争していたトップがあんな若いわけ無いだろうってぐらい普通に考えれば分るようなインチキ経歴が多い。

でも、これはその当時の歴史上最悪な毛沢東、レーニンの影響でそんな経歴を偽装しなきゃいけなかったって状況もあったんだろうなって思うよ。でもベトナム戦争のホーチミンの働きを決定的に批判できる要素は、俺は見つけられないな。戦時の指導者としては凄いと思う。
革命とは暴動であり、反逆である。−−−−毛沢東の言葉。
南の人民を経済を牛耳っていた中国人、政治を牛耳っていたカトリックから解放したのである。
いろいろと勉強になります。

冷戦の真っ只中でホーチミンにも限界があったということなのでしょうね。
それでもその中で大国を手玉に取ったり利用したり。この人と将棋をやったら、100年かかっても勝てそうにないな。

結局、彼が目指したのは共産革命ではなくて市民(農民)革命、民族独立革命だったのだろう。今のベトナムに社会主義らしさを感じられなかったけど、街の人の笑顔を見ていると、ホーチミンのイメージとおりに行っているんじゃないかなあって、思いながら旅行してました。
ノン・ドゥック・マイン党書記長はホーおじさんの隠し子で、だから出世が早かった
というのは周りのベトナム人に聞くと信じている人多いですよね。
でもみな確証はないといいますが。
DNAでも調べて見ない限りわからないでしょう。
あと愛人といっても、ホーおじさん結婚したわけじゃないし、
混乱時期で結婚なんてあいまいなものだったでしょうし、
(北と南に二人奥さんが、っていう人もいるし>レ・ズアンとか)
愛人という言い方もどうかなと思うけれど。
ホーチミンには愛人がいて、しかも子供まで作っていた って話を
聞いたことがありますれす。
英雄伝説には必ず後からその類の噂が出てくるのれしょうが
その辺りのことをキシさんにおききするのは失礼にあたるかな〜

不謹慎なすつもんでしょうが、もしご存知なら教えて欲しいのれすが・・・・・
キシさんありがとうございます。
自分が読んだ本の中に、ある時期から解放戦線内で共産党員の発言力が強くなり、
それ以外の知識人の意見がまったく採用されなくなっていったというような記述があったので
どういうことなんだろうと思っていたのですが、中国やソ連のからみですか。
『ホーチミンの共産主義は偽装結婚だった』、なるほど。
『無理な人海戦術で大勢の同胞が死んだことについて
ホーチミンは何かコメントしているのでしょうか。』

あの当時は装備的に『無理な人海戦術』という考え自体世論的にも無かっただろ。
それに、朝鮮戦争のとき中国義勇軍の殆どは元国民党の捕虜だったんだよね。(逆に始末したかった連中)だから戦後捕虜交換でかなりもめた。米軍に捕まった捕虜は帰りたくないし中国に捕まった米軍はアメリカに帰りたいし。

ベトナムの場合こんなケースと違うから。俺のお父さんもこれで死んでる。
コメントはあるんじゃないかな。そりゃ人間だも。
『カトリックより先に国民党など共産党以外の政党はホーチミンにひどい目にあわされていました。』

ベトナム国民党の方が最初は活発だったんだが、落ち目になったからな。
最近話題になった『マオ』という毛沢東の事を書いた本を薦める。
今もそうだけどいきなり民主主義自由国家なんって建設するのは無理。
ある程度強権政治で下地を作って、普通教育を普及させ民主主義に移行するなら結構妥当な方法。ホーチミンも独立当初の政府には結構多彩な人物がいた事が写真などの記録に残ってる。台湾の方法は今後モデルケースなると思う。

しかし、毛沢東、スターリンというこの世界史上最悪な人物からの援助を期待しなければ国家が成り立たないというのがネックだった。靖国問題でもそうだけど、やたらと内政干渉するんだよこの両国は。だから必然的に共産党以外の人物は排除されていった。これを止める手立てはあの当時のホーチミンには無かったろ。

南北の勝敗を決めたのは汚職だろうね。戦争当時新聞記者だった人が戦後フランスに逃げて書いた『ベトナム革命の裏側』って本があるけど、戦時下の北は泥棒が少なく皆貧しいけど後ろを顧みずに戦えたみたいな事が書いてある。南ベトナムのその当時の記録は広く公開されてるけど、汚職でどうしようも無かったのは明白だからね。

ホーチミンは独立後『アメリカに駐留基地の用地を提供する』とかアメリカに交渉したりして南北統一の問題に干渉してくれるなって交渉してるんだよね。最近アメリカのベトナム戦争関係の本でも書かれる表現だけど『ホーチミンの共産主義は偽装結婚だった』ってこれは当ってると思う。

これを頑なに拒否したのがアメリカ。なんでそうなったかと言えば『フランスが第二次世界大戦の傷を癒す為にベトナムの再植民地化』を要求しそうしなければフランスはソ連陣営に付くって脅したんだよな。一番悪いのはフランスなんだよ。

最近でもあったでしょ、フランスの兵器を中国に売ることを解禁しようとしたり。天安門事件からヨーロッパは中国に兵器を売ることを禁止していたんだけど『売ったって俺らを攻めてこれない』って事で売ろうとした。アメリカにしたらビックリ仰天だよ。兵器を売ることでアジアのミリタリーバランスをコントロールしてたのに『金だけ貰えば後は何しようと好きにしてください』みたいな商人が入り込んできた。

アメリカは世界戦略考えてるけど、フランスなんて何も考えていないからね。
惨い国だよ。移民の若者が暴動起こすのは当り前でしょ。アメリカでの不法移民がデモやったりしたけどあれだけ集まって暴動にはならない。香港と中国比べると面白いよね。まったく別の国の国民。香港は民主化求めて何十万人集まって静かにデモできるけど、中国の反日デモの時は暴徒になったからね。
ベトナム解放戦線はもともとは、多くの自由主義者も参加していたし、
(ジェム政権に反発する共産党ではない知識人、政府要人も参加していた)
一党独裁の強圧的な政治になったのはホーおじさんの死後じゃないかと思うのですが。
なので南部の人はホーおじさんというより、その後の指導者について強烈に批判しているように思います。
キシさん、そのあたりはどうなんでしょうか?
自分としてはホーおじさんが描いた戦後はまったく違っていたんじゃないかと思うんですけど。
無理な人海戦術で大勢の同胞が死んだことについて
ホーチミンは何かコメントしているのでしょうか。
カトリックより先に国民党など共産党以外の政党はホーチミンにひどい目にあわされていました。
ホーチミンを支援したのは、彼が共産主義者ではなく愛国者だという認識からではないのでしょうか。浅漬学問でお恥ずかしいですが。

あの戦争の背景に宗教が絡んでいたとは、初めて知りました。ジェムといえば仏教徒を弾圧した人ですよね。南に逃げたキリスト教徒が仏教徒を弾圧し、その仏教徒がゲリラ側に付いたと単純化してみると、中東と重なる部分が出てきそうです。

助けた人間に噛み付かれてって、アメリカも懲りないな。

たった10日間の滞在でしたがすっかりベトナムにやられてしまい(なぜだろう、アジア旅行に関してはそれなりに海千山千のつもりだったのに)、いま関連の本をまとめて読んでいるところです。また教えてください。

今日はもう寝ます。ありがとうございました。
俺も調べている最中だけど、第二次世界大戦時アメリカは反共ではなかったんだよね。ジャングルの中でマラリアで苦しんでいるホーチミンを助けたりしてるのは、アメリカの戦略情報局員だったりするし。トルーマンの日記でも終戦間際は、日本に対して注意を払っていたのではなく『ソ連の東欧での勢力拡大』が問題だったと喝破してる。

その当時の世界中の人々の間では『共産主義』というのは、一定の支持があった。だけどカソリックは、ロシア革命から『共産主義は信仰を弾圧する』という警報を鳴らしていた。ベトナムが南北に分かれたとき北にいるキリスト教徒の多くが南に移動。実際その後ホチミンが宗教弾圧をするつもりがあったのかどうかは分らないけどね。

アメリカはマクナマラの本でも分るように、『インドシナに対する知識が無かった』から北ベトナム出身の熱烈なキリスト教徒ジエムを大統領に担ぎ上げて南北分断に荷担した。その政権中枢に多くの北出身のキリスト教徒がいたのは確か。藩佩珠の本を読んでも植民地時代から北と南じゃ『独立』に対する世論にかなり温度差があったんだよね。
キシさんへ。

「ベトナム戦争は見方によっては北同士の戦いなんだよな。」

ここのところ、もう少し詳しく解説していただけませんでしょうか。
北の中で対立があったということですか。それは唯物主義者と信仰者の間での対立ですか。72491以降、ちょっと話がわからなくなってきたもので。

『ホーチミンから逃げてきた人々ばかりです。』
キリスト教徒はね。カソリックはロシア革命後すぐに共産主義に対して警報鳴らしていたから。ベトナム戦争は見方によっては北同士の戦いなんだよな。
仮にベトナムで暮らすことになったとしても、
親戚づきあいはできそうにないですね。

誰が誰やら、なんと呼べばいいのか
>南ベトナム政府の関係者だった人たちの間でも、好かれているのでしょうか
ホーチミンから逃げてきた人々ばかりです。
親戚なら自分より年下の子供でもBACはBACです。
他人なら50才以上の人または自分より20歳以上年上の人じゃないとちょっとBACと呼べませんね。 
ベトナム語の人称は自分を基準にして相手の年代をあてはめたものなので、
必ずしもBacと呼ばれるからおじいさんとも限らないっすよ。
翻訳としては伯父さんでいいと思いますけど。
ホーおじさんは尊敬の意味を込めてChuではなくBacを使ってるんでしょう。

日本語のオジサン,オジイサンと大きな違いはなさそうですね。

キシさんの逸話、いいですね。
中国では周恩来がいまでも周オジサンって言われてますね。

南ベトナム政府の関係者だった人たちの間でも、好かれているのでしょうか
みんな、バック、好きですっチョ!
バックは、若い人が年配の人(男女)を呼ぶとき、親せきなら自分の父親の兄とその兄の奥さんを呼ぶときに使います。ちなみに父親の弟なら、チュー。その奥さんは、ヒーム。父親の姉と妹なら、コー。その旦那は、ユーン。母親の兄と弟は、カウ。その奥さんは、モー。母親の姉と妹なら、ジー。その旦那は、ユーン。
日本語で言うのならホーおじいさんが相応しいのではないでしょうか。ベトナム語のおじさんは、チューですから。
確かまだ、ゲリラ組織してた頃に会議でホーチミンの事をなんて呼べばいいか皆悩んでるのを見て『ホー叔父さん』でいいよってのが始まりだったはず。
生活は実際質素だったらしい。日本の外務省で統一前に本人の自宅に訪問した人がいて、いきなりホーチミン玄関まで出てきたんだが外務省の人間は召使だと思ったらしく『ホーチミンさんはいますか?』と聞いた所『私です』って答えられた記録がある。
それだけ民衆に愛されてんだ、と思って感心してたけど、

そう思い込ませようというプロパガンダなんでしょうね。

キムおじさん博物館も作ればいいのに。
マオおじさんとか。
人間、年をとれば皆お年寄り、同じ意味です。
同じ尊敬すべき対象であっても、各民族にとって、チョと、違うかも知れんチョね!

思想と、象徴とは…

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