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中越戦争やカンボジア侵攻のため、世界中の世論を敵に回し、孤立していたベトナムに援助をしつづけていたのが旧ソ連です。ベトナムの各地に、旧ソ連の援助で出来たビルや橋、ダムなどが有ります。

ドイモイ(経済開放/刷新)政策が始まったのは86年からですし、アメリカからの経済封鎖が終わったのも、中国と仲直り(表面上は)したのもつい最近のことです。

北部に特にその傾向が強いですが、以前、中学や高校で教えていた外国語はロシア語だったというケースが多いようです。現在30〜40歳ぐらいの人がはじめて習った外国語は、半数以上の人がロシア語なのではないでしょうか?

ロシアのプーチンがベトナム訪問した時に決定したようですが、ニャチャン郊外のカムラン湾のロシア海軍も引き続き駐留するようです。

ソ連崩壊以前にブンタウのベトソペトロに派遣されていたのは、いわゆるロシア人では無く、バクー油田で有名なカスピ海沿岸の国、アゼルバイジャン共和国(ソ連邦の国のひとつ)からのアゼルバイジャン人(トルコ系かな?)が多かったようですが、崩壊後はロシア人のみになったみたいです。

ブンタウの街中を走る大通りの名前は、アゼルバイジャンの首都バクー市にちなみ、バクー通りといいます。また、バクー市にはブンタウ通りが有るとのことですが、今でも有るのでしょうか?