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今日HPのネタ書いちゃったからここにしよう。

>いかにも、私は稀有にクラッシクな紳士です。時代はどうでもいい。
紳士と言うぐらいですから、明治維新後のものの考え方と考えて良いと思います。『紳士たれ』教育が日本で始まったのは海軍兵学校(以前は兵学寮)でしたからここでは、明治の紳士と規定しましょう。

>そして、女性蔑視をしています。
これは上記の考え方と一致しません。紳士の考え方は女性蔑視ではなく女性に対して紳士的に振舞うということです。例えば奥さんの女友達がテーブルの場に来たならば席を立って挨拶をするような紳士的な振舞いです。更に匿名で公言するのは紳士どころか武士道でも恥ずかしい行いです。これをよしとする文化は今のところ思い当たりません。

>それは犬猫の畜生を蔑視するのとおなじです。
支離滅裂です。

>しかし、「女」(レディ)を大事にする。「女性」とは人間の女のこ>とではない。それは動物の性である雌ということです。
多分、どこの国の人でしょうか?
詳しく解説していただきたい。かなりの悪文だと思いますよ。


>ヤンキー女みたいに(動物)性をむきだしにする。女文化の退化
>でる。我らにはうるわしい「女」文化があった、あるはずです。
蔑視用語を使用して、理由も表さずに決断する自体、紳士に思えません。『うるわしい女文化』笑わしてるんですか?礼儀作法の事を指摘してるのかも知れませんが、下着は現実問題、礼儀は対面上の人間関係の問題です。両者を混同してませんか?

>もういちど、女性は人間でない。それはなにか。女だよ。
『我考える故に我あり』ですから性別は人間の性別と別問題だと思いますよ。

2番目

>zen さん。「女性蔑視」は言いすぎでした。
>あなたにつられて、つい、筆がすべってしまいました。
>本意は「性差別」です。
ん?

>男らしい人間、女らしい人間を、という意味で私は性差別主義者す。>私を嫌って敵としてもかまわないです。女から疎外されても平気な
>「勇気」を私はもっているから。
これは勇気などという問題ではなく、ただ端に人間が一般的に持っている『気にくわない』という感情の発露ではないですか?

>「本当の紳士」さん。批判のないところには進歩はないです。宗教で>さえ批判しなかったら、今のヨーロッパは暗黒中世のままであったで>しょう。
紳士の割には勉強していないですな。暗黒時代という表現は近代化を成し遂げた側が中世を批判して使用した言葉であって、実際は結構のんびり暮らしていたみたいですよ。魔女裁判はありましたが、歴史を見てみると商品経済の勃興期。農本主義と資本主義の軋轢と私は考えています。


>言論の自由の抑圧、弾圧、封殺、圧殺を私は最も恐れます。それが、>たとえ、2チャンネル表現や差別発言であろうが性差別であっても排>斥すべきでないです。自由な意見を表明できなかったかつてのわが国>の人々は塗炭の苦しみに落とされました。それは女、子供、幼児、赤>子を含むものでした。
言論の自由は私も同意です。言葉狩りのような馬鹿みたいな風潮は同意できません。ただあなたが重要に思っている言論の自由は『下着をどこで買えば良いですか?』という質問に反駁しても良いという程度の言論の自由なのですか?そんな言論の自由もありでしょうが、普通に暮らしていて馬鹿馬鹿しいと思います。

>不適切発言は共同体(社会ではない)の倫理として規定されている
>のでしたら、その構成員として遵守すべきでしょう。
匿名の掲示板で社会じゃなくて共同体といわれても。
あなたがどこの共同体か知らないし。

>ところが、社会(共同体ではない)としては、不適切であろうが、
>差別用語であろうがなかろうが、いかに極論であろうが、発言を認
>めるべきです。なんらかの言論に反発するなら、それぞれの主張を
>互いに「潰しあう」のが私はいいとおもいます。議論とは本来そう
>いうことでしょう。潰すのは世論の力です。共同体・社会規範から
>脱していても、むしろ、そこからこそ、新たなる理知・情緒の新境
>地が展望されるかもしれません。

>よって、私の女性差別は、実に進歩的であると自負しています。

>PS: すいません、ベトナムからずれてしまいました。いつか、新たに>トピックを立て、ベトナム人の男女倫理を調べてみようと思っていま>す。

運営委員さんも削除しないだろうし。好きに書かしてる。
私も好きに意見してる。
ただ普通に考えて『下着はどこで買えますか』という質問にこんな反応するような社会は俺は正直住みたくないね。人間なんてもっとドロドロしてるものだから。女を買ったり、浮気をしたり。
こんな問題些細な物だよ。