1999/11/21 サイゴン?ホーチミン市? by Masato
僕はいつも、自分の住んでいるこの街を「SAI GON(サイゴン)」と呼ぶ。「Thanh Pho Ho Chi Minh (ホーチミン市)」ではなく。なぜか?
別にヴェトナム人にそう呼べ!と言われたわけじゃないけど。理由は簡単で、単に俺のまわりのヴェトナム人が皆そうよんでるからです。
僕のまわりにいるヴェトナム人が、ヴェトナム南部出身の人がほとんどだというのと、学生だからあまり公的な場にでる機会がない、という理由で僕にとってこの街は「SAI
GON」なのである。正式には「ホーチミン市」。
詳しい話はまあ、ヴェトナム関連の本などを読んでもらうとたぶん、ちゃんとしたことが書いてあると思うので省くけど、簡単に言うと、サイゴンはもともとのこの街の名前で、ホーチミン市というのはヴェトナム戦争後、ハノイの方から偉い人たちがやってきて、つけた名前。う〜ん、なんて乱暴な説明(笑)まあ、ええやろ。
つまり、「江戸」と「東京」みたいなもんです。…あってる?(←自信なし)
もっと詳しい話をすると、ホーチミン市内西部にチョロンっいうばかでかい中国人街があります。中国人街といっても、日本にある中華街なんかを想像しちゃいけない。だらだらと広がる、本当にもう一つの街です。昔ほどの勢いはまだありませんが、今でもホーチミン市の経済における重要な役割を担っています。
しかし、チョロンは「サイゴン」ではありません。ややこしいなあ。つまり現在の「ホーチミン市」はチョロンとサイゴンが一つになってできた都市なんです。
一年ほど前、僕はチョロン在住の中国人(華僑)の家にしばらくお世話になっていたことがあるんですが、よく家の人に「サイゴンに遊びに行こう。」などと言われ、意味が分からず「???、ここはサイゴンではないのか?」と混乱したもんです。
街の名前、その呼び方だけでもいろーんな歴史があるんだなあ、と妙に感心。しかし、当の本人たちはいたって単純。
マサト「みんなこの街のことをサイゴンって呼ぶけど、やっぱりなんか心理的なもんがあんの?譲れない気持ちみたいな。」
ヴェト人「えー別に。だって長いでしょ。『ホーチミン市』なんて。めんどくさいよ。」
・・その程度のもんです。でも、やっぱり中にはそれなりの強いこだわりをもっている人もいる。これだけ長い間北部と南部が分断されていた国の人々の気持ちは、日本人にはちょっと難しい。
それでも、俺にとってはこの街はやっぱりサイゴン。いろんな理由はさておき、この「サイゴンっていう、音の響きがいい。そんな理由で決める俺は、やっぱりもうヴェトナム人?
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